観音寺、四国、そして、日本
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2010年11月2日火曜日
練習帆船 日本丸 2010年10月27日 夕暮れ
同じ船を同じカメラで撮ったのですが、昨日と今日では、別世界のような気が致します。昨夕は、船も揺れ、カメラも手ぶれし、私自身も強風で吹き飛ばされそうでした。滅多に会えない船なので、酷いピンボケ以外、全てアップ致しました。
合掌。
練習帆船 日本丸 2010年10月27日 昼
この時間帯から撮影ポイントを変えました。
合掌。
2010年10月31日日曜日
練習帆船 日本丸 2010年10月27日 朝
昨夕の帆船が気になり、早起きして海に出かけました。
一夜明けた海は、風も止み、穏やかそのものでした。
合掌。
練習帆船 日本丸 2010年10月26日 夕暮れ
車窓から、ふと海を眺めると、フォアマスト、メインマスト、ミズンマストを有した大きな帆船の姿が浮かびましたた。山際に向かう筈だったのですが、急遽進路を変更、海へと走りました。帆船が仮泊していました。慌ててカメラを向けたのですが、荒天で船は揺れているし、カメラは手ぶれするし、自らも強風で吹き飛ばされそうになるしといった具合で、大変でした。でも、愉しかった・・・、。
合掌。
2010年10月8日金曜日
二つの寛文元年版「吾妻鏡」
今朝、ご近所の方が、拙宅に和本を届けてくださいました。何かなと題簽を見ると、吾妻鏡でした。この体裁からすると、寛文元年版だなと思いました。後ほど、最終巻を確認した所、確かに寛文元年(1661年)刊行の書冊でした。さすれば、戸数五十戸に満たない小さな町に、寛文元年版「吾妻鏡」が二セット存在することになります。愉快です。本たちは、数百年を経て、その兄弟姉妹にあったのでした。拙宅には、これ以外にも、少し古い寛永版もございます。吾妻鏡に関しては、この小さな町が、人口密集地の様相を呈しています。
アップロードした画像、左が拙宅所蔵本、右がO氏所蔵本です。
合掌。
追記
寛文元年(1661年)版の「新刊吾妻鏡」は、都合二十五冊の和装本より構成されています。紹介にあたって、統一表題を、本文冒頭に記されている「新刊吾妻鏡」としました。(題簽には東鑑と記されています)。
合掌。
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